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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)369号 判決

控訴人

大阪市東住吉区

農地委員会

訴訟承継人

大阪市東住吉区

農業委員会

代理人

鎌田泰輝

外四名

補助参加人

奥村太一

代理人

堀川嘉夫

外四名

補助参加人

大阪市

代理人

平敷亮一

外二名

被控訴人

瓦葺忠一

代理人

駒杵素之

外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも(当審の分は、補助参加人らと被控訴人間に生じた分を含む。)被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(控訴人)

「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

(被控訴人)

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決

第二、当事者双方の主張および証拠関係

つぎのとおりの追加、変更および削除をするほか、原判決事実欄の記載と同一であるので、右記載をここに引用する。

(被控訴人の主張について)

一、〈略〉

二、同五枚目裏一一行目冒頭から同一二枚目表四行目末尾までの記載を削除し、その箇所につぎのとおり追加する。

「(三)、控訴人および補助参加人らの抗弁に対する答弁

(1)、補助参加人らが本件土地を時効によつて取得した旨の主張はすべて争う。

(2)、仮に補助参加人奥村太一が本件土地の売渡処分を受けた時以降自己の所有地として同土地を占有したとしても、同補助参加人は同土地の占有開始に際し悪意または重大な過失があつたから、同人の本件土地の時効取得については民法一六二条二項の適用はない。

すなわち、本件土地は自創法三条一項一号に該当する不在地主の所有の小作地であるとして買収処分があつたところ、補助参加人奥村太一は、本件土地について、賃借権に基づいて同土地を業として耕作する者であると称して、東住吉区農地委員会に買受けの申込みをして、その売渡処分を受けたものである。しかるに、同補助参加人は、以前本件土地を耕作していた朝鮮人が帰国した後、喜連町に住む人の許可を得たと称して昭和一八年頃から同土地の耕作を始めた者であるところ、被控訴人は何人に対しても本件土地に関してこのような耕作許可の権限を与えたことがないばかりでなく、その管理を依頼したことさえなかつたから、同補助参加人は何人からも許可を受けることもなく無断で本件土地の耕作を始めたか、または、右許可を与えた者がかかる許可を与える権限がない者であることを知りながら、右許可を幸便に耕作を始めたものに当るわけである。また、仮に同補加参加人が右許可を与えた者に許可権限のないことを知らなかつたとしても、知らなかつたについて重大な過失があつたと云わなければならない。

(3)、農地買収計画ないし買収処分の取消訴訟係属中の農地については、取得時効は法理上完成しない。

すなわち、農地買収計画ないし買収処分の取消訴訟の係属中において、当該農地の取得時効の完成を肯定するためには、被買収者たる旧所有者において、時効中断の法的手段をとり得ることを前提としなければならないことは、時効制度の趣旨に照らし明らかである。しかるに、みぎ取消訴訟係属中は、被買収者は時効中断の法的手段を有しないから、被買収者の農地についての所有権を完全に失わせるような買収農地についての取得時効の完成は法理上あり得ない。すなわち、右の場合のように、被買収者の農地についての権利について相手方の任意の承認が期待できない場合には、被買収者のなし得る時効中断の法的手段は裁判上の請求にほかならないところ、買収計画ないし買収処分の判決が確定しない以上、被買収者は、売渡を受けた農地占有者に対し、農地の返還請求、所有権確認請求もしくは承認請求(民法一六六条二項但書参照)等の訴訟を提起しても、請求却下または棄却の判決を免れず、時効中断の目的を達成することができない。また、買収計画ないし買収処分取消判決の確定を条件とする返還請求と云う将来の給付の訴えを提起しても、その請求権の発生する私法上の基礎関係を欠く点でこのような訴は不適法であつて、訴は却下を免れない(最高裁判決昭和四四年一一月一三日参照)。また、将来の所有権確認等の請求が法律上許されないことは、云うまでもないことである。

もつとも、行政訴訟では、取消訴訟と返還請求訴訟とを関連請求として併合提起することを許しているが、それは二個の請求について共通の審理判定をして同時に矛盾のない判決をすると云う訴訟経済上の便宜的制度に過ぎず、返還請求訴訟が取消訴訟に付随し取消訴訟が返還訴訟に付随する関係にはないので、たとえ、右併合訴訟が提起されても、被買収農地について進行中の取得時効が中断されると云うことはできない。けだし、取消訴訟と返還請求訴訟とは被告を異にする別個の訴訟であつて、取得時効中断に役立つのは後者の訴訟であるところ、その返還請求認容判決は実質上、取消判決の確定を条件とした将来の給付の判決であつて、両請求が併合提起された場合にも、詐害行為取消や否認権の行使と返還請求との間の関係と異なり、取消判決と返還請求認容判決とが同時に確定することの保証がなく、後者の確定判決はその後における前者の確定敗訴判決によつて覆される性質のものであるので、たとえ返還請求認容判決が確定しても、取消判決の確定を伴わない限り、取得時効の対象物件に対する継続的な占有状態を否定して権利関係を確定したり明確化したりする機能は殆んど持つていないからである。この点において、行政処分の取消請求訴訟の付随訴訟として、これと併合提起された返還請求は、時効中断事由たる裁判上の請求に値しないものと云わねばならない。そして、右返還請求は、それ自体としては将来の給付請求であるが、これに別訴における取消判決の確定と云う外来的要素が加わつて将来の請求から現在の請求に変化し、この時に至つて始めて時効中断事由にふさわしい前述の磯能を生じ裁判上の請求たる適格を持つに至るのであるから、その前段階における将来の給付請求としての返還請求の訴え提起の時に遡つて時効中断の効力を生ずるものとなすことはできない。けだし、みぎ将来の請求から現在の請求への変化は訴の変更に準ずる訴訟関係であるところ、訴の変更による時効中断の効力は変更申立書提出の時から生じ、訴の提起の時まで遡つて生じないからである。

以上の理論をもつてすれば、取消判決と返還請求認容判決とが同時に確定した場合においてもその結論を異にすべき理由はないのであつて、買収計画ないし買収処分取消訴訟係属中は、被買収農地の取得時効中断事由たる裁判上の請求は、買収計画ないし買収処分取消判決の確定を伴つて始めて中断の効力を生じ、右取消判決確定前に遡つて中断の効力を生ずることはない。

買収計画ないし買収処分取消請求訴訟は買収計画ないし買収処分に対する異議、訴願を経て取消請求訴訟を提起しなければ適法な訴訟行為と云い難く、しかも、訴願棄却の裁決書到達の一ケ月内に右訴訟を提起しなければ、出訴期間経過後の訴訟として不適法な訴となる。しかも、訴願棄却の裁決書が被買収者に到達した当時には、農地の売渡処分は未だされていないが、仮に売渡処分が済んでいても被買収者にとつては行政庁が何人に売渡処分をしたか不明である、したがつて、被買収者が買収計画ないし買収処分取消請求訴訟を提起するに当つて、関連訴訟として買受人を被告として農地の返還請求訴訟を併合提起することは不可能に属する。本件の場合、被控訴人が本訴を提起したのが昭和二三年七月一九日で、補助参加人奥村太一が大阪府知事から売渡通知書を受領したのが昭和二四年三月一日であつて、本訴に、右補助参加人に対する農地返還請求訴訟を併合提起することは不可能であつたのである。

以上のように、農地買収計画ないし買収処分の取消請求訴訟係属中は、被買収者は当該農地について取得時効中断の法的手段を有しないから、右訴訟係属中は当該農地については取得時効の期間は進行しないと云わねばならない。

右法律関係は次のように理解することができる。すなわち、前述したような取消訴訟と返還請求訴訟の併合提起の困難、自創法行政事件特例法および行政事件訴訟法の立法趣旨等に徴し、農地についての先行の買収処分と後行の売渡処分とは不即不離の一連の行政処分に属し、被買収者において管轄裁判所に対し適法に買収計画ないし買収処分取消請求訴訟を提起することにより、国および国から当該農地の売渡しを受けた者との関係において、当該農地についての所有権確認、返還請求等の訴訟を提起しなくても、時効中断の効力が発生すると解すべきである。そして、民法一五七条、一七四条の二により、前記行政処分取消の判決が確定した時から時効は進行を開始し、判決確定の日から一〇年間の経過によつて時効が完成すると解することができる。

以上の理由により、補助参加人の取得時効完成の主張は理由がない」

三、〈略〉

(控訴人の主張について)

〈略〉

(控訴人および補助参加人らの主張)

原判決八枚目裏一二行目末尾の次に、行を変えて、つぎのとおり追加する。

「控訴人および補助参加人らの抗弁

(補助参加人らが本件土地を時効取得した旨の抗弁)

(一)  原判決添付物件表(一)記載の農地二筆については、昭和二二年一二月二日東住吉区農地委員会が自創法による買収処分を完了し、同土地はいずれも国の所有に帰したが、国は即日売渡相手方を補助参加人奥村太一として右農地二筆の売渡処分をして、同人に対し昭和二四年三月一日その売渡通知書を交付した。

(二)  補助参加人奥村太一は本件農地についての前記売渡通知書の交付を受けた時点からその所有者となり各農地の自主占有を始めた。補助参加人奥村は、右各農地についての買収計画の定められる以前に、被控訴人の土地管理人で被控訴人に代つて同人所有の農地を他に賃貸する権限を有する訴外山野徳三郎から本件農地の貸与を受けてその占有を開始し、前記売渡通知書の交付を受けた当時も右適法な賃借権に基づいて右各農地を占有耕作中であつたところ、右通知書の交付を受けた時から各農地の他主占有が自主占有に変更されたのであるから、右自主占有は平穏、公然、善意、無過失に開始されたものである。

補助参加人奥村はその後引続いて右農地を耕作していたが、原判決添付物件表(一)(1)記載の土地を別紙第一物件目録(一)(二)記載の二筆の土地に分筆し、昭和三三年一二月二五日補助参加人奥村は同目録(二)、(三)記載の各土地を補助参加人大阪市に売渡した。

補助参加人大阪市は右(二)、(三)記載の各土地を中学校の敷地として買受け、その頃補助参加人奥村から各土地の引渡を受けて占有を承継したが、右占有の承継は平穏公然善意無過失にされたものである。

(三)  補助参加人奥村は第一物件目録(一)記載の土地につき、また、大阪市は同目録(二)、(三)記載の各土地につき、補助参加人奥村が本件各土地について自主占有を開始した昭和二四年三月一日から起算して、補助参加人奥村は自分自身の占有期間が、同大阪市は奥村の占有期間と自分自身の占有を通算して、昭和三四年三月一日をもつて一〇年の取得時効期間が経過したから、それぞれ前記各自の占有する不動産につき所有権を時効取得した。

よつて、各補助参加人は、本訴をもつて、それぞれ各自の時効によつて取得した土地につき取得時効を援用する。

(四)  仮に補助参加人ら両名またはそのいずれかが本件土地の占有につき善意無過失ではなかつたとしても、前述したように補助参加人奥村が自主占有を開始してから昭和四四年三月一日に二〇年の期間が完了し、各補助参加人は前記各自の占有地を時効取得したから、各補助参加人は本訴をもつて各自取得した土地につき取得時効を援用する。

(五)  被控訴人の再抗弁に対する答弁

自創法による農地買収および売渡処分があつた場合に、被買収者が行政庁を被告として買収計画ないし買収処分取消の訴えを提起しても、右訴えの提起は同訴訟の第三者たる売渡処分による農地取得者その他農地の占有者に対する関係では当該農地についての時効の中断事由にならない。

右訴えが当該農地の占有者との関係において取得時効中断の事由となる(右訴訟係属中は取得時効は進行しない)旨の主張の主たる論拠は、右被買収者は右取消訴訟確定前には時効中断の手段を全く欠いでいるから、右取消訴訟の係属中にもかかわらず取得時効の進行を認めるのは著しく公平および正義に反すると云うにあるけれども、これは全く法律の誤解に基づく誤つた見解である。すなわち、右被買収者は右取消訴訟の確定前といえども当該農地の売渡を受けた者、その転得者その他その占有者を被告として、右取消訴訟における被買収者の勝訴を停止条件として当該農地の所有権移転登記手続ないしその占有の引渡し等の将来の給付請求の訴訟を提起することができ、このような条件付将来の訴えは、将来の権利や給付請求の法律関係の確認請求の訴えと異なつて、不適法として却下されるべきものと云うことはできない。けだし、条件付将来の給付請求の訴えにおいては、条件の成就、不成就が未定であつても、その他の点について請求権の発生する基礎的関係が既に成立していて当該訴訟において確定可能である以上、右条件が成就するかどうかが未定の間に条件付の将来の給付を求める訴を提起することができるところ、前記行政処分の取消訴訟の一方の当事者である農地の被買収者が、同訴訟の確定前に、農地の売渡を受けた者、その転得者その他その占有者等を被告として、右取消訴訟における被買収者の勝訴を停止条件とする前記各将来の請求は、右取消訴訟において被買収者が勝訴するかどうかと云う条件の成否こそ未定であるが、その余の点については、請求の基礎である事実関係が既に成立していて、しかも右将来の給付請求訴訟において確定することができるからである。そして、右将来の給付の請求訴訟においては、条件の成就不能や不成就が予め確認することができる場合等の例外の場合を除いて、原則として、その理由があるときには、条件の成否未定の間においても、勝訴の判決を受けることができる。

したがつて、本件のような農地買収計画や買収処分の取消訴訟に関しては、右訴訟確定前には、被買収者は時効中断の法的手段を有しないと云うのは、法律を誤解したものである。

被控訴人は、『自創法による農地の被買収者は、まず買収計画ないし買収処分の取消判決を得た上で農地の返還請求を提起する考えであつたから、取消請求に返還請求訴訟を併合しなかつたからと云つて権利の上に眠るものと云うことはできない。』と主張するけれども、民法一四八条には、明確に、『前条の時効中断は当事者およびその承継人においてのみ効力を有す。』と規定していて、農地の占有者を被告としてその農地の返還等の請求訴訟を提起しなければその農地についての時効中断の効力がないことは常識に属するところ、このような時効中断の方法たる訴として、行訴法により取消訴訟に返還請求訴訟を併合することが許されているが、そのほかに、前述のように、取消訴訟とは別個独立に条件付将来の給付請求訴訟をすることが許されているから、被控訴人がこのような取得時効中断の手段をとらなかつたのは被控訴人自身の怠慢と云うほかなく、権利の上に眠るものと云われても仕方がない。

以上の理由により、前記取消訴訟に農地についての取得時効中断の効力を認めなければならない理由はなく、そのような効力を認めるべきでないこと明らかである。

(証拠関係について)〈略〉

理由

控訴人の前身である大阪市東住吉区農地委員会(同委員会は組織を変更して同市同区東農業委員会と同市同区西農業委員会に分裂し、本件土地は右西農業委員会の管轄区域内に所在したが、右両農業委員会は合併して控訴人、即ち大阪市東住吉区農業委員会となつたものである)が、昭和二二年九月二八日、被控訴人所有の原判決添付物件表(一)記載の各土地につき、自創法三条一項一号該当の不在地主所有の小作地として買収計画を定めたこと、および、これに対して、被控訴人が同委員会に異議を申立てたが却下されたので、さらに大阪府農地委員会に訴願したが棄却されたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は本訴をもつて右買収計画が違法であるとしてその取消しを求め、控訴人は右取消しの理由がないとして抗争するものであるが、当審において、補助参加人らは控訴人を補助するために本訴に参加し、補助参加人奥村太一は別紙第一物件目録(一)記載の土地につき、補助参加人大阪市は同目録(二)、(三)記載の各土地につき、それぞれ時効取得を訴訟上援用した上、控訴人および補助参加人らにおいて、補助参加人らが右各土地をそれぞれ時効取得したから被控訴人は控訴人に対して本件買収計画の取消しを求める利益を喪失し、本訴請求は失当として棄却されるべきであると主張する。そして、控訴人および補助参加人らの右時効取得の主張が認容される場合には、被控訴人の本訴請求はその当否について判断するまでもなく訴の利益がないものとして却下を免れないことになるので、先づ控訴人および補助参加人らの右時効取得の主張の当否について判断する。

〈証拠〉を総合すると、本件土地はもと原判決添付物件表(一)記載の各土地(以下旧従前の土地(1)、(2)、(3)と云う)と表示されていたが、右各土地はいずれも大阪市平野土地区画整理組合の事業施行地区内に所在し、遅くとも昭和一六年頃までには、同組合は右二筆の従前の土地の仮換地(但し、当時は換地予定地と称した)として別紙第二物件目録記載の三筆の土地(以下仮換地(一)、(二)、(三)と云う)を指定した(当時換地予定地使用指定処分と称した)こと、右仮換地三筆は昭和一七、八年頃まで徳山と称する朝鮮人が耕作していたが、同人が耕作を放棄して帰鮮して後、昭和一八年頃から補助参加人奥村太一が耕作を始め、その後、被控訴人の委任により大阪市東住吉区喜連町所在の同人所有の農地の管理をしていた訴外山野徳三郎から右耕作の承認を受け、右仮換地上で南爪、馬鈴薯、麦等を栽培していたこと、旧従前の土地が自創法による買収処分によつて国有に帰した後、昭和二二年一二月二日大阪府知事は自創法一六条に基づいて補助参加人奥村に対し右二筆の土地の売渡処分をなし、昭和二四年三月一日同人に対しその旨の売渡処分通知書を交付し、昭和二五年一月二三日右売渡処分を原因とする所有権移転登記手続をしたこと、補助参加人大阪市は前記仮換地(二)、(三)を中学校敷地として使用する必要が生じたので、補助参加人奥村から右仮換地(二)、(三)に相当するものとして旧従前の土地(1)の一部と同(2)の全部を買受くることとなり、昭和三三年一二月二五日補助参加人両名間に旧従前の土地の前記部分についての売買契約が成立したので、昭和三四年一月二七日補助参加人奥村は旧従前の土地(1)を別紙第一物件目録(一)、(二)記載の二筆の土地(以下新従前の土地(一)(二)と云う)に分筆登記手続をした上、右新従前の土地(二)と同目録(三)記載の土地(以下新従前の土地(三)と云う。但し旧従前の土地(2)と同一の表示)が仮換地(二)、(三)の従前の土地に相当するとして、右新従前の土地二筆について取得者を大阪市として所有権移転登記手続を終つたこと、補助参加人奥村は本件旧従前の土地の売渡を受けて後も、従来どおりに前記仮換地三筆の耕作を続けていたが、前記のとおりに従前の土地を大阪市に売渡して後程なく、仮換地(二)、(三)を大阪市に引き渡し、大阪市は右仮換地を中学校敷地の一部として使用し、今日に至つたこと、以上の事実を認めることができ、〈証拠〉中、右認定に反する供述部分は措信し難く、そのほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、補助参加人奥村は、本件旧従前の土地二筆について買収計画が定められた頃、自分が賃借権に基づいて本件仮換地三筆を耕作する権限を有すると信じてその耕作をしていた者であつて、昭和二四年三月一日同人に対し旧従前の土地について売渡処分通知書の交付があつた時以降は、同土地が自分の所有に帰したものと信じて、同所有権の行使としてその仮換地(一)、(二)、(三)を公然と占有して来たのであり、また、補助参加人大阪市は右奥村から新従前の土地(二)(三)を買受け、その仮換地(二)、(三)の引渡しを受け、右従前の土地に対する所有権の行使として右仮換地を占有したのであるから、補助参加人らの各自の占有部分についての各自主占有は、いずれも平穏、公然、善意、無過失に開始せられたものと認めることができる。被控訴人はこの点について、補助参加人奥村が本件土地の自主占有を開始するに際し、同人に悪意または過失があつたと主張するが、右認定を覆すに足りる証拠はない。すなわち、被控訴人提出、援用に係る全証拠によつても本件土地について自創法による買収計画が定められた当時、補助参加人奥村が、本件土地が農地でないこと、自分が小作人ではないこと、その他同土地が自創法による買収処分の対象となるべき土地ではないことを知悉していたと認めるには十分でない。そして、仮に、本件土地を自創法による買収の対象としてはならない事由が真実に存在し、且つ補助参加人奥村が当時右事由の存在を知らなかつた点に過失があつたとしても、本件土地について控訴人や大阪府農地委員会の審査を経て買収手続が完了し、同補助参加人に対する大阪府知事の本件土地売渡処分があつた段階では、同補助参加人が本件土地の所有権は自分に帰属したと信じたのは当然なことで、そのように信じたについて同補助参加人に過失があつたと云うことはできない。

そうすると、補助参加人奥村および同大阪市が、前認定のように、昭和二四年三月一日以降昭和三四年三月一日まで一〇年間本件仮換地(一)、(二)、(三)を占有したことにより、その従前の土地である本件土地は全部補助参加人らに時効取得されて同人らの所有に帰した(新従前の土地(一)は補助参加人奥村の所有とし、同(二)(三)は大阪市の所有とする旨の同人らの約定は、本件時効取得の効果と関係がない。仮換地についての補助参加人各自の占有の効果が合わさつて補助参加人らが共同で従前の土地全部を時効取得し、各自の占有した仮換地の地積の割合の共有持分による従前の土地全部についての共有関係が成立する。)と解するのが相当である。

被控訴人は、本件取消訴訟係属中は本件土地に対する取得時効は進行しないと主張するけれども、右主張は採用しない。すなわち、

(一)、自創法による農地買収計画ないし買収処分の取消請求の訴は、買収された土地の売渡しを受けた者、その転得者ないしその土地を占有する者に対する取得時効中断事由にはならない。けだし、取得時効は消滅時効と異つて、物の自主占有者の側における占有状態継続の効果として占有権原たる権利を取得する趣旨の制度であつて、権利者の側における権利不行使状態の継続の効果としてその権利を失う趣旨の制度ではないから、取得時効を中断するためには物の権利者が物の自主占有者を相手方としてその占有権限を否定しまたは占有を排除するに足る法的手段を採らねばならないのであつて、物の権利者が自分の権利を保全するためにその物の占有者以外の者を相手方として法的手段を採つても、取得時効を中断する効力はないからである。したがつて、本件取消訴訟は補助参加人らが本件土地を時効取得するのを阻止する時効中断事由にはならない。

(二)、自創法による農地買収計画ないし買収処分の取消請求訴訟係属中といえども、買収された土地に関する取得時効は進行する。

自創法による農地の被買収者は、買収計画ないし買収処分取消請求訴訟を提起し、同訴訟が係属中であつても、なん時でも、当該農地の売渡しを受けた者、その承継取得者、当該農地上に登記された権利を有する者、当該農地の占有者を被告として、前記取消訴訟における被買収者の勝訴を停止条件として所有権移転登記、その他の登記の抹消登記手続の請求や当該農地の明渡の請求訴訟を提起し、右相手方らによる当該農地の時効取得を阻止することができるから、被買収者は買収目的農地に対する自己の権利の取得時効による喪失を防止するに足りる法的手段を有しないと云うことはできない。そして、たまたま被買収者の法の不知のために右取得時効中断の法的措置を採ることができなかつた気の毒な事情が被買収者にあつたとしても、他面には、国の売渡処分およびその後における長期に亘る占有関係を信頼して当該農地を買受け、現に同土地上に建物を所有しこれに居住している者があるのが通常であることを考慮すると、このような気の毒な事情の存する事例のために、法律の本来の趣旨を曲げるような解釈をすべきではない。そのほか、農地買収処分無効確認の訴訟や、右無効確認と取消請求の競合する訴訟と単純な取消請求訴訟との間の釣合いや取扱いの単一化の必要等を考えると、取消請求訴訟の場合に限つて当該農地についての取得時効を進行させてはならない特別の事由があるものと解することはできない。

被控訴人のこの点についての主張も採用できない。

以上のように、補助参加人らは本件土地について取得時効を成立させるに足りる期間に亘つて占有を継続していたところ、補加参加人らが本訴において右取得時効を援用したことは本件訴訟の経過上明らかであるので、本件土地は補助参加人両名の所有に帰し、仮に被控訴人が本訴において勝訴しても、本件土地所有権を回復することができない事態となつたと云わねばならない。そうすると、本件買収計画取消請求訴訟は訴の利益を欠くことになつたので、被控訴人の本訴は不適法として却下すべく、右当裁判所の判断と異る原判決は取消しを免れない。

よつて民訴法三八六条、九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(三上修 長瀬清澄 岡部重信)

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